2008年09月12日

仕事と子ども 〜其の三〜

 転職した会社を1年もしないうちに辞めるなんて、この先どうなるんだろう、と思ったものの次の就職先はアッサリ決まった。がん保険を売っていた経験を活かし、今度は外資系ではなく国内生保、α生命保険相互会社に勤務することになった。母のライバル会社だ。

 母は「これからの、この業界は大変よ〜」と、案の定いい顔をしなかったが、正社員で既婚女性の多い職場という点が私には魅力的に思えた。実際、この職場ほど子育てしながら働いている女性の割合が多い会社を、他に知らない。

 今度の仕事は営業だけでなく、名義変更や入院給付金、死亡保険金など保険に関する手続き全般だったから、覚えることが多くて大変ではあったけどやり甲斐もまた大きかったし、規模の大きな会社だったから仕事の進め方やお客様への対応の仕方などもシッカリしており、学ぶことが多かった。
 結婚式・新婚旅行も無事に終え、忙しいながらも充実した日々を送っていたある日、同僚Mがおめでたであることが判明。日に日に大きくなるお腹を抱え、仕事を続けていたが、ある時遂に入院してしまった。

 詳しく聞いてみると、彼女だけでなく他の先輩ママ数名も妊娠途中に入院を経験しているようだった。一日中会社内にいる内勤職と比べると、外回りの仕事ゆえ、やはり体への負担は大きいのかもしれない。

 これとほぼ同時期に、育休明けで職場復帰したKさんの様子を見て「私には仕事と子育ての両立は無理かもしれない」とこの頃から思い始めていた。Kさんは勤続10年以上の大ベテランさんだったがそれでも毎日多忙だったし、保育園から緊急の呼び出しがあると、近くに住む実家のご両親やお姉さんが代わりにお迎えに行くこともあったようだ。

 働くママの最大の悩み。それは子どもが体調不良の時に、どうするのか、ということかもしれない。同僚Mがいつだったか、2児の母であるKさんのことを「リスクだって2倍なのに良く頑張っているよ。私なんて1人でも大変なのに。」と言っていたのに対し私は少なからずショックを受けた。「仕事をするにあたっては、子どもって、リスクなんだ…。」と痛感したから。

 でも、確かにその通りかもしれない。周囲の先輩ママを見ると一人っ子が圧倒的に多かったし、上の子が一段落ついてから2人目を、あるいは「ウチは年子でまとめて育てることにしたの。育休中に教習所に通ってね。」なんて先輩の話も聞いていたから。子育て、というのは周囲の支えもあってスムーズにいくものである以上、お母さん一人の頑張りだけではどうにもならない局面もあるのだな、とこの職場で学んだ気がする。

 しばらく入院していたMだったが、退院後は再び産休まで働いていた。が、その余りにも大変そうな様子を目の当たりにした私は「当分は妊娠したくないわ」と心底思うようになってしまった。妊婦さん、ってもっと幸せそうなイメージがあったのに、先輩ママの話を聞いていると、そういった幻想は見事なまでに打ち砕かれてしまったのだ。

 「胎動って気持ち悪いよ」「そうそう、エーリアンみたいに、手型や足型がお腹の皮膚に出てくるの!」「でも産んだら産んだで大変なのよねぇ」「うん、産んだ後の伸びきったお腹の皮を見て情けない気持ちになったわぁ」「妊娠線、って出来たら消えないしね」etc…。当時私は20代半ば、まだまだ若かった…。

 この職場、印刷会社の時のような深夜残業はさすがになかったが、事務手続きなど煩雑な仕事は多かったため、日中は外回りをし、その後で事務的な処理をすると夜8時近くまで会社に残ることもあり、その後に帰宅して夕飯の準備をするのは結構大変だった。
しかも、お客様の都合に合わせて土日に出勤することも頻繁になってきたため、自分の予定が入れにくい状況で体を休めるのも一苦労。気が付けば、再び多忙な毎日を送るようになっていた。

 今の状況ですら忙しいのに、この上更に子育ても、だなんて私にはムリだ。そう判断した私は、結局この職場も辞めることにした。世間では名前を知らない人はいないだろう、という大企業。しかも、これだけ多くの女性が子育てしながら働いているのに、その実態はまだまだ大変なのだな、という状況に失望した、というのも理由の一つ。アテネオリンピックのあった年の年末のことだった。
  
posted by スマイリー at 18:25| Comment(0) | 子どもについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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