2008年09月19日

仕事と子ども 〜其の五〜

 契約満了まで数ヶ月残っていたため、平日はこれまで通り派遣先で仕事をこなしつつ、筆記試験に備え通勤電車の中でぼちぼち勉強を始める。土曜日に面接をしてくれる学校があったので、受けに行くが結果は不採用。やっぱりダメか…。そうだよね。学生時代塾でアルバイトしていたとはいえ、それ以降のブランクは6年。職歴、という観点から見れば未経験者なんだから。

 その数日後、荒川静香が金メダルを取る。イナバウアーという言葉が流行り、トゥーラン・ドットの曲に乗って滑る映像が何度も流れる中、解説者の「(引退せずに)続けてきてよかったですね」の言葉がいつまでも心に残った。そうか、ここで受けるのをやめたら結局それまでなんだよね、と思い「挑戦者のみに勝利あり!」という言葉が胸をかすめる。
 
 簡単に諦めるのではなく、今の自分に出来ること全てをやってみよう、と決意を改め、片っぱしから募集の出ている学校に履歴書を送るも、書類選考で不合格になる学校も。やはり即戦力になる経験者が欲しい、ということだ。そんな中、最終選考に残った学校があったのだが…。

 書類選考、筆記試験、を通過し、面接という最終選考まで漕ぎつけた学校だったが、残念ながら不採用の通知を受け取った。背水の陣。もはや受ける学校がない!教員の募集とて、毎年定期的にあるものではないのだから。あくまでも辞める人がいたら、という状況なのだ。

 新たな派遣先を探して、取り敢えずはそこで働きながら次年度の募集までは、家庭教師などと掛け持ちしてみようかな、と思っていた3月の終わり頃、着信履歴に見覚えのある番号が。

 はやる気持ちを抑え、その番号に掛け直してみると「一旦は不採用という通知を送っておきながら申し訳ないが、急遽欠員が出たため、非常勤講師をして頂けないか。」とのこと。大学を出たばかりの新卒よりは、社会人経験のある私に、ということらしい。

 大どんでん返し!何事も挑戦しなくちゃ始らない!ってことね。29歳になる歳の4月より、晴れて教壇に立つこととなった。これが現在の職場だったりする。

 今思えば、この時がターニングポイントだった。もし、ここで教員になれなかったら、「昔、頑張って取った教員免許はなんだったのかしら。」という不満を抱えながら、何となく子どもを産んでいたのではないか、と思うのだ。たまたま、この職場で乳がん検診がタダで受けられる、という機会に巡り合えたことも含め、人生とは何が起こるか分からないもんだ、としみじみ思う。

 すったもんだの末に得たこの職業、やっぱり天職かもと自画自賛してみたりする。正社員の時ほどには時間的拘束がないから、家事との両立もラクだし、派遣社員の時のように「遣り甲斐が…」なんてこともない。

 ただ非常勤講師は専任の先生と違って育休制度はないから、子どもが出来たら一旦は辞めないといけない。「せっかく、念願の教員になれたんだし、もう少しこの仕事を続けたいな」「今の幸せと引き換えにしてまで、子どもが欲しいとは思い難いし」「でも、そろそろ母親になってもおかしくない年齢なんだよね」etc…。

 仕事にも遣り甲斐を感じ、休日はデートかテニスという、公私ともに充実しつつも、心のどこかで「子ども、どうしよう…」と思っていた矢先、乳がん検診で引っ掛かり、乳がんが発覚したのだった。
posted by スマイリー at 16:36| Comment(0) | 子どもについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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