2011年04月21日

★点滴・メェメェ様の大活躍★

 ツワリが酷く、嘔吐が続くと点滴を勧められる。私も2度ほどお世話になった。1度目は確か10月半ば。健診時に「点滴もします?」と聞かれ、試してみることに。その日はちょうど血液検査もあったけど、術側の腕は死守したかったから、健側の腕に2ヶ所針を刺すハメに。2時間以上ゆっくりと落としてもらったにもかかわらず、病院を出てしばらくすると空腹だけでなく、強烈な喉の渇きに見舞われ、持っていたスポーツドリンクを試しに飲んでみたものの、数分後には戻してしまう…。酷くなると水をも吐くとは聞いていたけど、点滴直後にこんな事態になるとは思わず、精神的にもショックだった。しかも、点滴に入っているビタミン剤は臭いがあるらしく、トイレで用を足すとその臭いがして、数日間は更なる吐き気に悩まされてしまった…。

 2度目の点滴は、4ヶ月の健診時。「臭いが気になるなら、その元であるビタミン剤は入れないから、点滴をして行きましょう!」とお医者様に言われ、渋々と。で、その点滴の際に看護師さんから「血管が硬いようですが…」と言われ、既往症のことや術側には針を刺したくないことを伝える。私の場合はケモはやっていないとはいえ、放射線治療中は毎週のように採血をしていたし、その後もしばらくは3ヶ月毎に血液検査をしていたから、やっぱり血管に影響が出ているのかもネ…と思ったら、少しガッカリした。この先の人生においても点滴やら採血は基本、健側を使うわけだから、こんなことなら、もっと早くから血液検査を半年毎にしてもらえば良かったかも…。

 そんな思いで点滴を受けたけど、病院を出て数百メートル歩いたところで、やっぱり戻してしまった。前回の教訓があったから、この時は空腹も喉の渇きも無視しようと家に着くまでは、飲まず食わずで、我慢しようとしたけど、それは叶わず胃液と思しきものを…。病院を出る時に、心配した看護師さんから「タクシー呼びます?」と聞かれたけど、呼ばなくて良かった。いや、そもそも普段からタクシーの臭いが苦手だから、歩いて帰るしか方法はなかったんだけど。点滴の中には、吐き気止めが入っていたり、人によっては楽になるらしいけど、残念ながら私の場合はその恩恵にはあやかれなかったようだ。こんな状態だったので「辛くなったら入院も出来ますよ!」と言われたけど、入院したいとは思えなかった。

 点滴はイヤ、入院もイヤとなったら、出来る方法は1つ。嘔吐してでも食べること!「いっぺんに食べても辛いなら3食ではなく、嘔吐することを見越して5食に分けてでもいいんですよ」と言われていたけれど、元々胃がそんなに丈夫でないせいか、この時期は2食が精一杯だった。ただ私の場合、不幸中の幸いだったのは「食べたい」という気持ちが出てくる時もあったこと、そんな時はそれなりに美味しく食べられたこと、そして2〜3日に1度の割合でそういう調子の良い日もあったこと、だと思う。人によっては「缶詰の汁しか飲めない」とか「1ヶ月ツワリで入院」というパターンもあるらしいから。

 とにかく11月中は、4ヶ月の健診で病院に行ったこと以外、全く外出できなかった。さすがにツワリで死ぬ人なんていないだろう、とタカを括っていた私だけど、そんな私の様子を見てか「ごく稀にツワリで死ぬ人もいますから!」と釘を刺された時には驚いたけど。それこそ学会で発表されるような事例、レアケースらしいけど、脱水症状や栄養失調が酷くなって死にいたるということらしい。

 確かに、水をも飲めない状態になり、胃液も吐くようになった時には、私もちょっと生命の危機を感じたりなんかした。「今水分を摂ってもどうせ吐くだろうし」と思い、ぐったりとベッドに横たわっているうちに眠ってしまうけど、数時間後に強烈な喉の渇きで目が覚める。で、渋々と吐くのを覚悟で、でもガブガブと水分を摂る…と、さすがにこういう時には吐かなかった。今振り返ると脱水症状になりかかっていたような気がする。本当なら病院に行くべきだったのかもしれないけど、メェメェ様からも「病院まで送って行こうか?」と何度か言われていたけれど、既にその頃には病院に行くだけの気力がなかった、というのが当時の状態だった。

 こんな具合だったから、職場での今後の方針についての話し合いに参加することはおろか、電話での数分間の会話も不可能だったから、代理人としてメェメェ様に話を聞いてきてもらい「年内いっぱいまで在籍、その後退職」ということになった。この頃には「無念」というより「仕方がない」という気持ちになっていたのも、また事実。乳がんの手術の時は、うまいこと日程を調整したりして、何食わぬ顔して仕事を続けることが可能だっただけに「本当に何をやっても、どうしようもうない」状態をここにきて体験することに。

 結婚記念日のディナーの予定も流れ、テニスも出来なくなり、挙句の果てに仕事も失い、料理や洗濯はおろか、シャワーを浴びたり、洗顔、歯磨きも困難でひたすらベッドに横たわる日々が続くと、気分は益々落ち込んでいった。正直、妊娠を継続していくことに自信がなくなりつつあった。仕事帰りに、食べられそうなものを電話やメールで聞いて毎日買って帰り、洗濯・掃除もこなすメェメェ様に申し訳ない気持ちもあり、相変わらず嘔吐が治まる気配がなかった11月下旬、思い切って尋ねてみたことがある。

私「場合によっては、この状態がずっと続くこともあるらしいんだけどいいのかな…」
メ「別にメェメェが吐いているわけじゃないから、大丈夫!」
私「そうだけど、こんな状態をずっと体験しているとあらゆることに自信がなくなる…」
メ「どんなに長くても、出産したらツワリはなくなるんでしょう?」
私「そうだけど、今度は(想定外だった)育児が始まるわけだし」
メ「なんとかなるよ。それより、性別がわかるのはいつなの?名前も考えなきゃね!」
私「生きているからこそ、命があるからこそ、辛いこともあるんじゃないだろうか…」
メ「そんな難しいコト言ってないで、取り敢えずご飯でも食べようよ!」

 普通、女性に比べて男性の方が親になる自覚が遅いハズだけど、ウチの場合は見事に逆転していた。仕事から帰ってもせっせと洗濯をこなしたり、マタニティー雑誌を買ってきたりしている様子を見て、頼もしいと感心、感謝する気持ちでいっぱいだった。が、その反面「私には女性として、いや人間として何か大事な感情が欠落しているのかもしれない…」と心密かに落ち込んだことも、コッソリと記録しておく。がんという病気を経験しておきながら「生きているのが辛い」とか「このまま産んでも大丈夫だろうか」とか、命を蔑ろにするような発想をしてしまったことを、未だに反省していることも…。
posted by スマイリー at 20:05| 子どもについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする