2009年02月27日

1年前の今日

 「2月は逃げる、3月は去る」と言うらしいけど、気付けば2月も残り1日。今月もあっという間に過ぎ去っていったわぁあせあせ(飛び散る汗)ちょうど1年前の今日、乳がんの手術のために入院したんだったのよねぇ。去年の今頃は「病院の夜って、静かなのねぇ」と感心しつつ「今夜9時以降は水も飲めないから、今のうち、もうちょっと飲んどく?」なんてことに頭を悩ませていたんだったわ。

 ここ数日も胃腸の具合が思わしくないせいか、若干のふらつきや息切れに不自由さを感じるけど、それ以外はまぁ元気なんだから、ヨシとしなくっちゃ、ね。これだけせっせと鉄分摂取に励んでいるのに、それでも貧血気味なのにはいささか参るけど、あとちょっとガンバルゾ〜!

 貧血および便秘対策に関しては、また別の日に改めて書くとして…今から、急いで荷造りしなくっちゃ。明日は1時間だけ試験監督をこなした後、そのままダッシュで職場ビルを飛び出し、温泉いい気分(温泉)に行く予定だ・か・ら揺れるハート乗り継ぎが多いから、予定通りの電車に乗れるかどうか、ちと不安だけど、(しかも貧血気味だし)ま、何とかなるでしょ?

 くしくも明日は手術記念日(!?)偶然とは言え、手術からちょうど1年目に、同じ病気の仲間と温泉旅行なんて、ちょっといいでしょ?いい機会だから温泉デビューしてきまーす手(パー)さ、準備準備。
posted by スマイリー at 21:06| Comment(4) | 当時を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

主治医との出会い

 昨日の朝は久々に寝坊して慌ててしまった。もっとも、ここ最近ちょっとバタバタしてたから、そろそろやらかすかな〜、という思いはあったのだけれど。ノルバのせいで、ほとんど毎晩、夜中に目が覚めるから余計に厄介なのよね。あー、早く安定剤試してみたいっ!

 取り敢えず、風邪の方は一段落着いたようです。あの後、熱が上がることもなく、仕事に穴を空けることなく過ごせたのはラッキーでした。相変わらず36度後半の体温があるのは、たぶん高温期だからのようです。心配して下さった皆様、ありがとうございました。

 さてさて、1年が過ぎるのは本当に早いですね〜。ハッと気付けばちょうど去年の今日、肺活量やらの術前検査をしたんだった。そして主治医と初めて会った日でもあるのでした。もっとも、この時はまだ誰が主治医になるか決まっていなかったから、たまたま診察を受けただけだったのかもしれないけれど…。
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posted by スマイリー at 17:11| Comment(6) | 当時を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

暗黒の10数年を振り返ってみる

 ちょうど1年前の今日、コアニードル検査をしたんだよね、と思い出した。検査の結果を聞きに行ったのに、白黒判定がつかず太い針で再検査になってしまったのよね。あの朝「まさか、ね」と思う気持ちと「もしがんだったら…」という気持ちが交錯する中で病院に行ったけど、最終判定は年明けに持ち越されてしまった、という…。

 ふとしたことで「悪性だったら…」という不安ががムクムクと湧き上がる、ちょっと切ないお正月だったわ。でも、年末の時点で悪性と分かっていたら、それはそれで憂鬱な年末年始だったよね。

 どうも私には、冬、殊に年が明けた1〜2月にあまり良い思い出がない気がする。年明けのどさくさに紛れて、何かしら気がそぞろになるような出来事が大なり小なり勃発するのだ。今年2008年は、乳がん発覚!昨年2007年は、やはり年明け早々にテニス肘になってしまった!
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posted by スマイリー at 23:40| Comment(6) | 当時を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

リハビリについて

 実は私、リハビリらしいリハビリはほとんどしてない。術後1日目に業者の方が来て、リハビリのビデオを観たけど、それ以外は自分で適当に勝手にやってしまった。病院によっては、壁に印がついていて、今日はどこまで上がりました、なんて記録を書いたりするらしいが、そんなものもなかったので一人でせっせとすることにしたのだ。術後2日目に、主治医に「ここまで腕が上がりましたが…。」と相談したけど「まだ2日目ですしね。」と言われたくらいで、実質的には髪の毛を括ったり、洗ったりしているうちに、動くようになってきた感じだった。

 痛み止めを飲んでいるうちにすると良い、とどなたかのブログにあった気がしたので、自分で出来る範囲内で、右腕を添えながら左腕を上げていったりした。またバンザイが出来ないと、放射線治療が受けられないらしい、ということも知っていたので、マイペースながらちょっと頑張ってみた。だって放射線治療はさっさと終わらせたかったから。

 それに、テニスも出来るだけ早く再開したかった。「左でトスが上がんなかったらサーブが入らないじゃないの!」なんて思いながら、大好きなテニスのためにも頑張った。そのお陰か、退院前日にはサーブのフォームが出来るまでになった。こんな姿見つかったらマズイかしら、なんて思いながら、病院の廊下でコッソリとサーブのフォームをするのはなかなか楽しかった。

 主治医や理学療法士の方などがリハビリをして下さるのかと思っていたが、そんなことは全くなく、自己流で適当にやってしまった。温存手術を受けた場合はどこの病院でもこんなものなのだろうか。

 日常生活がリハビリになる、とはよく言ったもので、腕は徐々にそしていつの間にかこれまで通りに動くようになった。勿論、センチネルとはいえ、リンパ浮腫の可能性はゼロではないため、術側で重いものは持たない等、気を付けることは増えたけど。人体の回復力、ってなかなかのもんね、と思ったりする今日この頃。

 昨日も一昨日もテニスして、明日も明後日もテニスが出来る、このささやかな幸せに感謝デスぴかぴか(新しい)
posted by スマイリー at 19:51| Comment(2) | 当時を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

入院中に聞いた話

〈其の一〉
 その女性は、今回は再発(原発は乳がんではない)で入院してた。同室の女性が自分の病気に対して落ち込んでいるのに対し、テキパキと檄でも飛ばすかのように、語りかけていた。「私なんて『これからやる抗がん剤が効けば手術してあげられるけど』って言われてるんだから。」と言っていた。「もし効かなかったらどうなるの?」と驚いて尋ねた同室の女性に対し「夏ぐらいにはお葬式だわ…。」と自嘲気味に返答していたのが聞こえてしまった。


〈其の二〉
 その女性が最初に入院したのは、高校生の時、血液のがんで。入院して仲良くなった周りの人が相次いで亡くなっていくショックと反抗期とが重なって、ワガママばかりを言っていたらしい。
 そんな彼女を心配して、ボーイフレンドは学校帰りに毎日のようにお見舞いに来てくれていた。が、ある時急いで来るあまり、交通事故に遭い、そのまま亡くなってしまったのだとか。ボーイフレンドの親御さんから「あの子が悪いものもみんなあの世に持って行ってくれたんだろうから、貴女は長生きしてね。」と言われ、闘病生活を頑張る気になったらしい。
 その後、20代で今度は婦人科系のがんにかかり、手術。こちらの症状も落ち着き10年以上経つが、今度は会社の健康診断で内分泌系のがんが見つかり、今回の入院となったらしい。
 いずれの症状も、転移などとは違うらしく「出来やすい体質なのかしらね…。」と呟いていた。

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posted by スマイリー at 23:59| Comment(2) | 当時を振り返って | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする