2011年05月27日

元気です♪

 5月21日(土)午後1時6分、3205gの女の子が誕生しました。
 入院中は出産翌日から母子同室だったから、寝不足で大変でもあったけど、昨日無事退院しました。

 3週間程度は、実家の母に来てもらう予定だけど、目を使うことを固く禁じられているので、今もコッソリ書いてます。あ、そろそろ、母が来る時間だ!いや、その前におっぱいをあげないと…。書きたいことは沢山あるけど、落ち着いたら、そして気が向いたらになるかなぁ。

 未知なる世界に足を踏み込んだ私ですが、赤ちゃんはとても可愛いということを思い知らされました。いや、既にお腹にいる時から、モゾモゾしてて可愛かったけど。取り敢えずのご報告、ということで。
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2011年05月06日

胎動・性別・命名etc…

 予定通りにはいかない、なんて事態にはこの半年で慣れっこになってきた。でも、ま、大局的に考えれば、どんな形にせよ、多分今月中にはマタニティーライフというヤツも終わるわけで…。友人からの年賀状に「大変なこともあるだろうけれど、マタニティーライフを楽しんでください」とあり、「え、え、これって楽しむものなのぉ〜?一体、どうやって??」と戸惑い、よっぽどその“楽しみ方”を聞いてみようかと思ったこともあったけど、元来「楽しむということは人それぞれの価値観によっても変わってくるのでは?」と考え直したのが、昨日のことのよう。

 ツワリという、強烈な体験から始まった今回の一件だけど、徐々に治まるにつれて、確かに楽しいことも増えてきたから、そんな出来事も記録しておこうかな。辛い経験ばかりが記録されているのもどうかと思うから。

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2011年04月21日

★点滴・メェメェ様の大活躍★

 ツワリが酷く、嘔吐が続くと点滴を勧められる。私も2度ほどお世話になった。1度目は確か10月半ば。健診時に「点滴もします?」と聞かれ、試してみることに。その日はちょうど血液検査もあったけど、術側の腕は死守したかったから、健側の腕に2ヶ所針を刺すハメに。2時間以上ゆっくりと落としてもらったにもかかわらず、病院を出てしばらくすると空腹だけでなく、強烈な喉の渇きに見舞われ、持っていたスポーツドリンクを試しに飲んでみたものの、数分後には戻してしまう…。酷くなると水をも吐くとは聞いていたけど、点滴直後にこんな事態になるとは思わず、精神的にもショックだった。しかも、点滴に入っているビタミン剤は臭いがあるらしく、トイレで用を足すとその臭いがして、数日間は更なる吐き気に悩まされてしまった…。

 2度目の点滴は、4ヶ月の健診時。「臭いが気になるなら、その元であるビタミン剤は入れないから、点滴をして行きましょう!」とお医者様に言われ、渋々と。で、その点滴の際に看護師さんから「血管が硬いようですが…」と言われ、既往症のことや術側には針を刺したくないことを伝える。私の場合はケモはやっていないとはいえ、放射線治療中は毎週のように採血をしていたし、その後もしばらくは3ヶ月毎に血液検査をしていたから、やっぱり血管に影響が出ているのかもネ…と思ったら、少しガッカリした。この先の人生においても点滴やら採血は基本、健側を使うわけだから、こんなことなら、もっと早くから血液検査を半年毎にしてもらえば良かったかも…。

 そんな思いで点滴を受けたけど、病院を出て数百メートル歩いたところで、やっぱり戻してしまった。前回の教訓があったから、この時は空腹も喉の渇きも無視しようと家に着くまでは、飲まず食わずで、我慢しようとしたけど、それは叶わず胃液と思しきものを…。病院を出る時に、心配した看護師さんから「タクシー呼びます?」と聞かれたけど、呼ばなくて良かった。いや、そもそも普段からタクシーの臭いが苦手だから、歩いて帰るしか方法はなかったんだけど。点滴の中には、吐き気止めが入っていたり、人によっては楽になるらしいけど、残念ながら私の場合はその恩恵にはあやかれなかったようだ。こんな状態だったので「辛くなったら入院も出来ますよ!」と言われたけど、入院したいとは思えなかった。
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2011年04月01日

★ツワリについて★

 書こう、書こう、と思いつつ、ずっと書けなかったのがツワリについて。しばらくは思い出すだけで気分が悪くなるほど、私はヒドイ状態を経験した。結果的には年明けから徐々に外出できるようになり、2月くらいからはやっと普通の状態に戻ったという点では、ラッキーだったと言えるのかもしれないけど…。

 ようやく外出できるようになり、母親学級なんかで知り合った人たちと喋っていても、私ほどヒドイ経験をした人には未だ会えず、ドン引きされてしまうことも…。「そこまでは酷くなかった…」「そんなこともあったの…」と、同じ妊婦でも共感できないこともあるのね、と思ってしまうほどの経験だった。

 つまり、どう考えても明るい話ではないし、ツワリの出方も人によって本当にさまざまらしいので、あくまでも私が体験した記録でしかありません、という注意書きをしつつ、以下に記録してみます…。

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2011年02月12日

産院選び

 妊娠が発覚して、真っ先に思ったことのうちの1つは「さて、病院どうしよう…」だった。乳がんの手術をしてもらった病院は大きな病院だし、頻繁に通うには少し遠い。既にこの段階で気持ちの悪さを抱えていたので、余計に遠く感じた。しかも大学病院だから、研修医たちも多い。正直、あそこには行きたくないな、と思った。

 そもそも受け入れてもらえるのかも微妙なライン。乳がんと言う既往症があるとはいえ、婦人科に通っていたわけではない。病院のHPで確認すると、やっぱり腫瘍やら子宮内膜症、不妊症、合併症妊娠などと出ており、どうもその私の場合はお呼びではないような気もする…。職場の健康診断で一部の数値が悪かったり、胃腸の具合がイマイチだったりした際に乳腺外科の主治医に報告はするものの「まずは近くの内科へ…」と言われていたし、ノルバ飲んでるから念のために婦人科検診してた時も、近所のクリニックに行ってたくらいだからな〜、と悩みつつも取り敢えず、近所の産婦人科の様子も研究。「私ってハイリスク妊婦なの?」と思いながら、10日ほどして再び近所の婦人科へ。

 前回は女性の先生だったのに対し、今回は男性の先生だった。で、「(当院では妊婦検診はしてませんが)どこか行きたい病院はありますか?」と尋ねられ拍子抜け。「あれれ、前回は乳がんの手術した病院に紹介状を書くと仰ってませんでしたか?」と思ったが、婦人科的にはそういった所見がなかったのか「紹介状なしでも大丈夫だと思いますよ」とアッサリ言われてしまった…。
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2011年01月25日

仮定法過去 もし〜ならば、…だっただろうに

 これから起こりうることに対して「もし…」と想定するのではなく、すでに起きている現実あるいは起こってしまった出来事に対して、「そうでなかったならば…」と反対の事象を想像することを、英文法では仮定法と言う。なんて書きつつ専門じゃないので、この定義づけに誤りがあったらゴメンナサイ…と先に謝罪をしてみたりするけど。いや、いざって時はwhitebirdさんが訂正して下さるかしら。

 日本の和歌なんかだと「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」なんてのが代表的な例文になるかなー。「もしもこの世の中に桜の花がなかったなら、春はもっと穏やかに過ごせただろうに…」=「(桜の花はとても綺麗だけれど、なまじ)この世に桜の花があるから、春はソワソワして落ち着かなくなっちゃう」ってな具合に。

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2011年01月18日

価値観の問題

 幼稚園の時に母の両親と同居することになり、そののちには下の弟も生まれ、7人家族になった。祖父母にとって初孫だったこともあり、というか結局私たち姉弟以外の孫はいなかったためか、随分と可愛がってもらったように思う。母と祖母の血の繋がった親子特有のケンカ程度はあったものの、賑やかな楽しい家族。

 そんな、どちらかというと恵まれた家庭環境にあった私が、小学校低学年の頃に憧れたのは、ズバリ“一人暮らし”。当時独身だった伯母への手紙に憧れの念を込めて「一人暮らしはどうですか?」としたため、伯母は大爆笑したらしい。因みに小学校の卒業アルバムの「将来何をしているか?」という項目には「どこかのボロアパートで安物の酸っぱいミカンを食べながら、沢山の猫たちに囲まれて暮らしている」と書いてある…。祖母の考えもありペット(犬・猫・小鳥など)禁止だったもんだから、当時の将来の夢は、一人暮らしをして自由に生きたい、と思っていた。人はない物ねだりをする生き物なのかもしれない…。

 中高生になって、叔母夫婦が県内に引っ越して来ると、今度は二人暮らしに強く強く憧れるようになった。畳のみの我が家とは違い、フローリングの部屋にソファ・オーディオセットがあるモデルルームのような落ち着いた静かな空間。夕方になるとアニメ番組のテレビが流れ、常に誰かの会話が飛び交う喧噪の中で過ごしていた私にとっては、理想の生活に思えた。
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2010年03月27日

現金かしらね?

 今月もあっという間に過ぎ去っていこうとしているな。今日から2週間ほどは春休みだ。そーいえば、去年の今頃はホトフラによる寝不足に悩まされ、時々憂鬱な気持ちに陥りながら、セカオピに備えてあれこれ思いを巡らせていたんだっけ、と思い出す。時間にも心にもゆとりがある時に、過去の日記を読み返すのも、興味深いものだと思う。

 特に印象深かったのは、子どもについてのカテゴリ。手術直後は「親には心配掛けたし、孫の顔を見せられれば親孝行になるかしら」と思っていたフシがあった。だから取り敢えずは「一定期間ノルバ飲んでその後に子どもを希望しよう」と思っていたし、そのつもりでいたから、ノルバ服用中は、親やメェメェに対して「現在は妊娠することが出来ない」という罪悪感のような申し訳なさが常に心のどこかにあった。

 でも、ひょんなことからノルバを中止することになり、妊娠することが可能な状態になると…人間とは全く現金な生き物で「ま、別に、いっか」という心理に、つまり罹患以前の状態に戻ってしまった…。だって、仕事してテニスしてデートして…という具合に過ごしていたら、毎日、毎月があっという間だし、いざ子どもが出来たなんてことになったら、仕事もテニスもデートも(一時的にとはいえ)お預けになってしまうから。

 「産まない」のと「産めない」のとでは違う、という話をよく聞くけど、いざ「妊娠してもいいですよ」という状態になると、以前に感じた罪悪感はどこへやら、といった具合に。そしてこれまたよく聞くことだけど「やっぱり大病したからといって、そうそう価値観が変わるものでもないのだな」と苦笑交じりに思ったりなんかするのであった。

 やっぱり術後2年経つと、色々と落ち着いてくるのかもね。そして都合よく忘れてしまう部分なんかも出てきたりして…。ホルモン療法中は「『子どもを産んだけど再発』というのはイヤ」だけど「子どもを産まない選択をして、再発せずにずっとずっと長生きしたら『やっぱり子ども産んどけばよかった』と後悔しそうで、それはそれでイヤかも」と考えたこともあったけど、こう悩んでいたことが、懐かしい気すらしてくる…。
 
 こんな風に思ってしまうのは、私がずっとずっと以前から「子どもはいてもいなくても、どっちでもいいや〜」という価値観の持ち主だからなのかもしれないけど。ま、1〜2年前に悩んでいたことがいつの間にか解消されたのは、良いことだわね。
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2009年01月17日

懺悔の念

 時々、心にザァーっと暴風雨が吹き荒れることがある。メェメェや親に対して申し訳なく思う気持ちが。結婚前および結婚当初、メェメェは確かに「そりゃ、いつかは子どもは欲しいよ」と言っていた。でも、産むのも育てるのも、私。

 当時は奨学金の返還もあったし、やりたいことがたくさんあったから「子どもは、いずれね…」と結論を先延ばしにしてきたし、親にも「30歳までは自由に仕事させて。孫の顔はそれからね」と説明してきてしまった。

 だから罹患以来、メェメェや親に申し訳なく思う気持ちが、どうしても拭い去れない。私は、この先も子どもがいなくても人生を楽しむ自信があるし「もっと早くから、子どもを望んでいれば…」といった後悔はない。だって、結婚してすぐに子ども産んでいたら、今の仕事には就けなかっただろうから。

 でも、メェメェや親に「いずれね…」と言ってきたこれまでを思うと、(病気になったことは不可抗力とはいえ)この結婚は契約不履行なのではあるまいか、という自責の念が沸き起こり、気分が酷く落ち込んでしまうのだ。
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2008年10月17日

人生の三大出費

 保険の仕事をしていた時に聞いた話だが、住宅費・教育費・老後の生活資金が、人生の三大出費なのだという。中でも教育費は、特にお金を掛けなくても、一人当たり2000万円近くかかるのだとか。この話を聞いて、当時20代半ばだった私は「子どもはいなくても生きていけるけど、住宅費は買うにせよ、借りるにせよ掛かるのね。」と思い、子どもよりも先に家を何とかしよう、と思った。

 また「ウチも父親が病気をしなければ、家を建て替える予定だったんだよ。だから俺の夢はソファのあるリビングで寛ぎながら野球観戦をすることなんだ。」という話をメェメェから聞いていた。だからメェメェの首にシコリが、経過観察の後に無罪放免となった時には「父親の二の舞になっては大変だから今のうちに」とマンションを手に入れることに大きなためらいはなかった。
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2008年09月19日

仕事と子ども 〜其の五〜

 契約満了まで数ヶ月残っていたため、平日はこれまで通り派遣先で仕事をこなしつつ、筆記試験に備え通勤電車の中でぼちぼち勉強を始める。土曜日に面接をしてくれる学校があったので、受けに行くが結果は不採用。やっぱりダメか…。そうだよね。学生時代塾でアルバイトしていたとはいえ、それ以降のブランクは6年。職歴、という観点から見れば未経験者なんだから。

 その数日後、荒川静香が金メダルを取る。イナバウアーという言葉が流行り、トゥーラン・ドットの曲に乗って滑る映像が何度も流れる中、解説者の「(引退せずに)続けてきてよかったですね」の言葉がいつまでも心に残った。そうか、ここで受けるのをやめたら結局それまでなんだよね、と思い「挑戦者のみに勝利あり!」という言葉が胸をかすめる。
 
 簡単に諦めるのではなく、今の自分に出来ること全てをやってみよう、と決意を改め、片っぱしから募集の出ている学校に履歴書を送るも、書類選考で不合格になる学校も。やはり即戦力になる経験者が欲しい、ということだ。そんな中、最終選考に残った学校があったのだが…。

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2008年09月16日

仕事と子ども 〜其の四〜

 結婚前のようにしっかりと働きたいわけじゃない。けど扶養家族にはなりたくない。そう思った私は、派遣社員になってみることにした。事務職未経験、パソコン(ワード・エクセル)使った仕事したことありません、といった状態でどんな仕事が出来るのかしら、と最初は不安に思ったが、未経験者OKという派遣先が見つかって、新年早々すぐに働けることになった。

 どうも、年末に社員だった人が「もう辞めます」と書置きを残して来なくなってしまったらしい。ここの企業もまた、家族と数名の従業員で経営しているような小さな会社だったから、独特の社風に馴染めなかったのかもな…。その後、無事正社員も決まったので、契約満了に伴い私は別の派遣先を探すことになった。

 で、次の派遣先を探して貰うも、今回は2週間ほど期間が空いた。既婚女性は未婚女性に比べると不利なようだ。残業させにくいし、子どもが出来たらスグ辞めるからということなのだろう。実際面接の際に、「原則3ヵ月更新ですが、当社は長く働いてくれる人を募集してますので、最低1年は妊娠しないで下さい。」と言われた。


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2008年09月12日

仕事と子ども 〜其の三〜

 転職した会社を1年もしないうちに辞めるなんて、この先どうなるんだろう、と思ったものの次の就職先はアッサリ決まった。がん保険を売っていた経験を活かし、今度は外資系ではなく国内生保、α生命保険相互会社に勤務することになった。母のライバル会社だ。

 母は「これからの、この業界は大変よ〜」と、案の定いい顔をしなかったが、正社員で既婚女性の多い職場という点が私には魅力的に思えた。実際、この職場ほど子育てしながら働いている女性の割合が多い会社を、他に知らない。

 今度の仕事は営業だけでなく、名義変更や入院給付金、死亡保険金など保険に関する手続き全般だったから、覚えることが多くて大変ではあったけどやり甲斐もまた大きかったし、規模の大きな会社だったから仕事の進め方やお客様への対応の仕方などもシッカリしており、学ぶことが多かった。
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2008年09月09日

仕事と子ども 〜其の二〜

 印刷会社勤務時代は会社の独身者社宅に住んでいたため、退職と同時にメェメェとの2人暮らしが始まった。別々に1人暮らしをするよりも節約出来るから、というのも理由の一つだった。

 3ヵ月ほどダラダラとした休職期間を経て、春風が吹くころから就職先を探し始めたが、なかなか良い会社は見つからない。事務職は未経験だからなかなか採用されないし、やっぱりどこの会社もそこそこ残業はありそうだ。前職のようなハードな生活の二の舞は避けたかったので、派遣社員になる、という選択肢もあったけど、当時はまだ正社員で働きたい、という気持ちが強かったから、あまり気が進まなかった。そんな折、がん保険でお馴染みの、某外資系生命保険会社β生命の代理店の求人広告を発見した。

 私が小学生に上がるくらいから、母が某国内生命保険会社で営業の仕事をしていたこともあり、昔から保険には興味があった。が、新卒の時は「これからの生命保険業界は大変よ〜。止めておきなさい。」と言われていたから、受けなかったのだ。今回も一応、母にも相談してみると「外資系なら国内生保よりも、いいかもね。」とのこと。
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2008年09月05日

仕事と子ども 〜其の一〜

 親戚に教員が多かったせいかもしれない。結婚をして家庭に入り専業主婦になりたい、とかお母さんになりたい、という願望は小さい頃からなかったような気がする。また、私の母は教員ではないが、ある時から働き始め、そんな背中を見て育ってきたせいか、結婚しても仕事をしたいという願望は、中高生くらいからあったように思う。

 大学生になり、教職課程の授業を履修すると、民間企業への就職も大変だが教員への道も狭き門、コネでもない限り何年が就職浪人する覚悟がないと難しい、ということを知り、私はひどく悩んだ。

 奨学金を返還しなくてはいけないから、就職浪人は出来ない…。「本気で教員になりたいなら、就職浪人も許すよ。」と父は言ってくれたが、奨学金を返還するのは私だし、下には弟が2人いて、まだまだ教育費がかかるだろうから、と思ったら民間企業でもいいから、まずは正社員になって、自立しなくてはと強く思った。
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2008年09月02日

★親ががんになるということ★

 がんと告知された時、私は「子どもいなくて良かったな」と思ってしまった。いたら良かったな、ではなく。幼い子どもを抱えて闘病生活をすることを想像しただけで、胸が張り裂けそうになってしまう。その点、我が家は気楽だよね、と思ったのだ。

 もし、万が一私が死ぬようなことになった時「子どもがいない方がメェメェも再婚しやすだろうしね」と思ったし「この人の眼差しを一身に受けて、文字通りこの人の心を独占して死ねるのならそんな人生の終焉も悪くはあるまい」と考えたのだ。

 とあるお医者さんが書いた本で、幼い子ども2人を残して乳がんで亡くなっていった若いお母さんの最期の様子を読んでしまったから余計にそう思うのかもしれない。「患者さん本人には最期まで意識があり、下のお子さんはまだ2歳で『ママ』と片言で呼びかける中、息を引き取った」と書かれていたその文章を読んで「世の中にこんな残酷なことがあっていいものなのか!」と悲しみを通り越して、憤りすら感じてしまった。
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posted by スマイリー at 13:13| Comment(4) | 子どもについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする